スリラーは好きじゃないのに、偶然手にとってしまった作品。
旧友のお見舞いに行って、庭の葡萄と「やまなし」の実を頂いた。
「カラスが食べちゃうから、全部採っていいよ」というので、友人宅でフルーツ採取。
白葡萄は潰して発酵させ、安いワインに入れると、深みのある上等ワインに変身する。家中、ワインの香りがして幸せになる。「やまなし」の実は種を除き、濾して砂糖とレモンでジャムに仕上げた。優しい甘さが素敵で、クッキーに乗せてもいい。
思いがけず、秋の収穫を加工して、幸せな午後でした〜🎵

作家志望の妹のついた嘘が、姉の人生を狂わせてしまう。
舞台は1930年代のイギリス。大きなお屋敷に住む裕福な姉妹。思春期の妹は姉の恋人に恋焦がれる。夢多い次期にありがちな妄想が、姉と恋人を引き裂いてしまう。
映像は妹の妄想と現実のシーンが重なり合い、二度観ることになる。一度目は妹の視点、二度目は姉の目線から物語が展開していく。戦争の最中、お互いの生死を確認することも難しい。切ない思いが伝わり、胸が痛む。ゆったりとしたイギリスの田園風景が素晴らしい。
恋人は戦死してしまい、その後、彼女もロンドンの空襲で亡くなる。二人が死んでしまい、妹は許されることのない嘘の贖罪をどう償うのだろう?と頭をよぎる。
妹は年老いてから、最初で最後の小説を発表する。エンディングで、二人は戦争を生き延び、「海辺の家で暮らす」ハッピーエンドの物語となっている。
雨の予報が多い週中の晴れ間に、相棒と新人部員の山納め登山。そろそろ紅葉が始まる頃と勇んで出かけたが、ちょいと早かった。
ニセコ道の駅で野菜をチエックし、長沼からシャクナゲ岳か、チセヌプリを登る登山道に入る。ビーナスのコル分岐点でどちらかに登るか相棒と相談。チセヌプリの方が有名だからという相棒に、秋は日暮れが早いから10分でも短い方がいいと提案。シャクナゲ岳に決定した。
途中までは問題ないけれど、頂上付近は大きな岩がゴロゴロしている。新人部員の後ろから、滑り落ちないようにサポートして、ようやく頂上に立った。下りも同じように時間がかかり、登山口到着が4:30分。登山者は両方の山を合わせて、男性一人だけだったので熊が怖い。笛を吹いたり、「森のくまさん」歌ったり、おしゃべりしながら、事なきを得た。熊に合わず、怪我もなく、何よりでした。
帰りは、真狩温泉の露天風呂で影絵の羊蹄山を愛でながら、まったりと秋を満喫しました〜🎵


スーパーの店先に、珍しくアカネが並んでいた。
「そろそろ、アップルパイの季節〜🎵」と思っていたので、早速購入した。まず、一個はアップルピザにし、残りはコンポートにしてレモンリキュールに漬けた。
りんごの焼ける匂いが、バターと蜂蜜に絡まり増幅し、なんとも素晴らしいコンビネーションである。焼きたてに齧り付くのは最高〜! 人はこんな簡単なことで、幸せになれるのだ。
ちょうど、アート談義仲間に会う用事があり、お二人にお裾分けして、幸せの押し売りをした。

十五夜が満月とは限らないんだそうで、今日は十日夜。本出版の際、お世話になった装丁家宅での、月見酒のお誘い。月の出と共に寝ている毎日なので、夜出かけるのが億劫なんだけど、「山と飲み会の誘いは断ったことがない〜」と豪言している手前、行かないわけにはゆくまい。
ちょうど、月見団子を丸めていたので持参することにした。物書きが集まるので、本に関する情報も手に入る。ーーー今夜は十五夜、月見酒〜🎵

ユルリは、北海道根室半島の沖に浮かぶ、周囲8キロの無人島である。その昔、昆布漁のため、島に馬を入れ、その後、経済の発展と共に、馬だけ残された。馬が生き延びる条件は揃っていたそうだが、写真の馬は哀しそうに見える。
馬は利口で飼い主を覚えている。母方の実家は大きな農家で農耕馬がいた。田畑を人に貸すようになっても、祖父は馬を残した。用のない馬を飼っていたのである。
高校生の頃、祖父母と暮らし、冬用の馬草刈りや、毎日の干し草切りを手伝っていた。それなのに、私には懐かず、じいちゃんがガラリと母屋の戸を開けただけで、嘶いた。ばあちゃんが「当たっても(脳卒中)、主人だと」と笑う。脚が不自由で、馬屋を一回りするのが日課だった。母も苗代掻き中、馬に馬鹿にされたそうで、じいちゃんが遠くから咳払いをしただけで、シャンとなったそうな。そんなこんなを思い出して、楽しい写真展だった。
