「ザリガニの鳴くところ」ディーリア・オーエンズ

 ジョージア州の動物学者、ディーリア・オーエンズが69歳にして初めて書いた小説で、見返しに『全米500万部突破、感動と驚愕のベストセラー』とある。はて、どこかで書評を読んだような気がする。面白そうな勘が働いて、しなければならない雑用を片付け、砂漠の絵に大量に星をばら撒き、さあこれが乾くまで本を読めると手に取った。

 

 1951年、湿地に取り残された少女、カイアの物語である。舞台のモデルはバージニア州とノース・カロライナ州の境にあるデイズマン湿地と言われている。両親の不和、父親の暴力により家族は一人、二人と欠けるように家を離れる。6歳の少女を残して。そして、その父親も湿地から消えた。彼女は村人に「湿地の少女」と呼ばれ、差別と孤独の中でカモメを友に自然から生き延びる術を学ぶ。

 

 物語は湿地で村の青年の死体が発見され、「湿地の少女」カイアに疑いがかけられミステリ風に始まるが、背景にあるのはアメリカの人種問題、湿地の重要性を無視して進む開発と環境問題、著者の動物学者としての動物行動学が、織物を織るように複雑に絡み組み立てられていく。自然が合わせ持つ、美と醜、優しさと残酷さは人間も同様に合わせ持つもの。著者の視点は外れることなく終幕に至る。

 

 「ザリガニの鳴くところ」とは、「茂みの奥深く、生き物たちが自然のままの姿で生きてる場所」と母に教わった。そして、カイアが学んだ自然界ーザリガニが鳴くところでは、過度のストレスがかかると親は子を捨てる。その遺伝子が次に世代に受け継がれることで総数が増える。その本能は人間にも受け継がれていて、母が私を捨てたのは古い遺伝子のためだとしても、戻らなかった理由が分からない、と再会した兄に言う。

 

 物語の最後。カイアの死後、唯一の理解者であったパートナーのテイトは「ザリガニの鳴くところ」へと向かう。人を理解する意味を突きつけられる。

 

 

f:id:fuchan1839:20210903142657j:plain