「デス・ゾーン」栗城史多のエベレスト劇場 河野啓

 

 栗城史多氏は「7大陸最高峰無酸素単独登山」の看板を掲げ、登山行程をネット配信し共有するという目的をもって支援者を集め、またクラウドファンティングで賛同者をつのった挙句に炎上し、最終的には登れずに滑落死する。

 

 著者が取材した事実は山岳関係者で知られていたことである。7大陸最高峰の中で酸素が必要なのはエベレストだけであり、そのエベレストも単独ではなくシェルパにルート工作してもらい踏み跡のない斜面を撮影し、挙句はテントで酸素を吸っているという。今更ながら砂を噛んだような気分になった。

 なんだろう、ネット配信の犠牲者なのだろうか?またはそれを逆手にとって自分の業績を知らしめようとしたのだろうか。ソーシャルメディアに誹謗中傷が付きものなのはわかっていたはずである。有名になりたかった彼自身が気づきたくなかったのだろうと思う。見る側も映像メディアが作り上げるイメージを鵜呑みにしてはならないと言うことだろう。

 

 著者、河野啓氏には山でお世話になっている。山を始めた頃、沢登りのスペシャリスト、ガンさんの誘いで日高デビューを果した。しかし、貧血の治療中だった私は稜線の手前でバテてしまい、ガンさんが私のザック(7キロ)を河野氏のザックに括りつけたのだ。七つ沼カールのテント場ではエアマットに空気を入れてもらった。無事に登頂できたのは彼の助けがあってこそ。

 しかし、昨年夏、7大陸最高峰の登頂者として実名で記事を載せたいとの問い合わせに「自作自演の栗城劇場」には関わりたくない、と断った。出版社も決まっているとのことで草稿が送られてきた。数多くの取材から人物像が浮かびあがってきて面白かった。それはネット社会が作り上げたあやうい人物像に思えた。

 

 その後、河野氏は2020年、第18回 開高健ノンフェクション賞を受賞した。身近にこんな素晴らしい賞を受けた人はいない。載せることを承諾した。

 12/16(水)の北海道新聞河野氏の本の紹介とガンさんの「水曜コラム」が同時に載った。素晴らしい出会いに感謝している。お二人の今後の活躍を心から祈る。

 

 

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