「訪問者」萩尾望都

 「訪問者」は、1973年に「週刊少女コミック」に33回に亘って掲載された「トーマの心臓」に登場するオスカー・ライザーの話である。

 舞台はドイツ。オスカーは夫婦仲の悪い家庭で育つ。それでも家は上手く行っていると思っている。

 ある日、ルンペンで猟が好きな父親が母親を殺してしまう。警察に疑惑をかけられている父親を健気に庇い、父親に連れられて長い旅に出る。放浪癖のある父親に宿に置き去りにされてもオスカーは父親を庇護しようとする。

 1月に凍った海を見に出た旅は一年が過ぎて二度目の春を迎えた。犬が死に父親は目を患い、やがて友人の経営するギムナジウムに預けられ、父親は南米に旅立つ。

 栗の花が咲く5月、ギムナジウムでクラス委員のユーリーと出会う。寄宿舎の廊下、逆光の中で呟く。ーーー彼の家の中に住む許される子どもになりたかった。そして、ユーリーの前で初めて涙をこぼす。

 ーーーほんとうに家の中の子どもになりたかったのだーーー

 

 誰でも居場所のない自分を経験したことがあるだろう…作者自身もそういう子供だったのだと思う。

 

 トムハンクスが殺し屋を演じた映画を見たことがある。ある日、父親の仕事を不審に思った息子は車に忍び込み、父親が殺し屋だと知る。美しい家族は惨殺され、息子は父親と逃亡の旅に出る。夏を過ごした海の家で父親は殺される…それも映像に収められながら。

 息子は旅の途中で習ったおぼつかない運転で、世話になったことのある農家へと向かうのだ。

 

 どちらの話も子供には生命力、未来があることを予測している。健気で傷ましいんだけど逞しさを内包している。

 

トーマの心臓

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