「キリンの首」ユーディット・シャランスキー

 舞台は旧東ドイツの田舎町。4年後に廃校が決まっているギムナジウムの生物学教師が主人公である。ダーウィンを厳格なまでに信奉し、完全にコントロールされた彼女の授業に自由は存在しない。生態系/遺伝/進化論を講ずる彼女は、自然の法則のみを信じ、全てが自然淘汰されるのだと言い切る。

 

『いいですか、生物はけっしてーー動物も人間もーー単独では存在しえません。生物間を支配するのは、競争の原理です。』と講じ、読者は彼女の世界観で物事を見ることになる。 辛辣に、身も蓋もなく切り捨ててしまうもの言いに、的を得て妙…と吹き出してしまい、同情しながらも納得してしまうのだ。

 

 遺伝のしくみについては、『すべての男性は女性から生まれます。息子細胞も息子世代も存在しません。生殖とは女性的なものです』『男性とは、女性でない者のことなのです』ーーとまあ、失言続きの政治家に聞かせてあげたい。

 劣性遺伝の事例に、女王ヴィクトリア時代から現代までの家系図や、貴族が意図的に近親結婚を繰り返し自ら自滅したことを講じ、校長に呼び出されたりする。

 

 『キリンの首』は、生物を愛するドイツの小説家にしてブックデザイナー、ユーディット・シャランスキーの3作目で、文学ジャンルは教養小説である。文体は体言止めで短い。過去と現在と内面が境目なく行き来する中で、乾いた家庭生活やアメリカに住む娘との関係が縫い目が解けるように見えてくる。

 

 一晩で読み終えて、また翌日に再読した。滅多に出合わないジャンルの作品であり、本が好きでよかったと心から思う。精密な挿し絵とタイトルに使われた「キリンの首」が意味深い。