「地上で僕らはつかの間きらめく」オーシャン・ウオン

 ベトナムアメリカ人の詩人、オーシャン・ウオンの自伝的小説デビュー作。

幼児の時、母と祖母に連れられアメリカに渡る。言葉の問題、人種差別、貧困、母の出自や、母親が夫から受けた暴力によるストレス障害が、言葉がままならない国で息子に向かう。唯一の慰めは祖母の優しさだが、祖母もベトナム戦争のトラウマを抱えている。

 

 親子三代の物語りが読まれることのない母に宛てた手紙で語られる。詩的言葉のリズムと比喩的イメージが重ねられ、映像をみているようだ。オオカママダラの蝶の渡りと崖から崩れ落ちるバッファローの群れ、ハチドリのホバーリングとヘリコプター、生きたまま脳を食われる赤毛猿と申年生まれの母親、鹿の剥製と死の概念。更に物語に織り込まれるのはベトナム戦争、マイノリティへの差別、自分の性的嗜好、思春期にタバコ農場で知り合う薬物中毒の少年との恋、ニューヨークでの学生時代。ベトナム戦争を縦軸に物語りが綾織のよう緻密に綴られてゆく。

 

 1章は幼年時代、2章は青春時代、3章は大学進学の現在と3部構成になっているが、最終章に、ひとつひとつの物語りの断片が煌めきを持って地上に立ち上る。春、大地のエネルギーが地上に陽炎のように立ち上がるがごとく…。

パリのレビューは「小さく折り畳まれた紙切れが、目の前で大きな一枚に広げられていくのを見ているような感じがする」と述べている。まさしく、と感じ入る。

 

 ひと昔前のこと。カナダの語学学校の教師がベトナム人だった。6歳の時、カナダに移住し、新聞配達しながら学校へ通ったそう。言葉が分からず、毎日が崖っぷちに立っているようだったと言っていた。文化的背景もあるだろうが、母親が息子から英語を学ぶことを拒否した経緯が痛いように解る。

 

 何もせずに1日で読み上げ、読後も2、3日ぼーっとしていた。今、読み返しているが今年の最高傑作と言える。

 

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