「白鶴亮翅」多和田葉子

 脳内の普段使っていない部分が刺激され、妙に心地よい本である。手にしたら置くことができず、読み終えてしまう。

 主人公はドイツの北に住み、翻訳を生業としているが、翻訳家ではなく、なりたいと思いながら、趣味で短編を訳している。その短編を織り交ぜながら、隣人や太極拳で知り合ったさまざまな文化背景の友人との交流が描かれる。その文化背景の違いが、日常で使わない部分を刺激するのだ。日本語教師が面白いと思うのと同じである。

 

 「白鶴亮翅」とは、太極拳の鶴が羽を広げるように右腕を力強く上げる技である。主人公はパートナーが帰国し、ベルリンに引っ越したばかり。翌日、隣人から中国人の太極拳の体験教室に一緒に行ってほしいと頼まれ、通うようになる。頼んだ隣人は旅に出てしまい、教室で出会った富豪のロシア人、英語教師、お菓子職人の友人たちとの会話で物語が進行する。

 

 隣人は東プロイセン生まれ、第二次世界大戦後にドイツに引き揚げてきたと聞き、東プロイセンに興味を持つ。その歴史的背景や文学、ハムレットグリム童話、映画「楢山節考」など、それぞれの文化が混合されての会話が刺激的で面白いのだ。

 

 読み終えて、主人公が趣味で訳してる短編を読んでみたいと思い、また太極拳の「白鶴亮翅」の技を検索してしまう。タイに赴任していた時、カナダ人の太極拳教師と知り合い、公園で教えてもらったことがある。腰痛にいいとは知らなんだ、やってみようかなぁ…。